メッセージを伝える映画
2020-09-25


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先月末、某所へ応募したまますっかり忘れていた文章をここに載せる。1週間遅れで発表を確認したところ、案の定、選には漏れていた。お暇な方はご笑覧あれ。韓国映画の話である。
 “感動”という言葉とは少しニュアンスが違うかもしれないが、私にとって一番印象深い韓国映画は『怪しい彼女』(『〓〓〓 〓〓』)である。初めて観たのは韓国語を学び始めてまもない頃で、“韓国”というキーワードに関わる様々なイベントをあたりかまわず探しては観たり聴いたりしていた時期だった。その中で、この映画は最も強く“韓国”を感じさせてくれた。
 主人公の息子が老人問題の専門家で地域に老人向けのカフェを開いたり、夜遊びからバスで帰る若者が二重まぶたに整形している。チムジルパンが女性の癒やしの場となり、新人オーディションに出るバンドはK-POPのステレオタイプ。そして、韓屋の下宿と高層マンションの生活が対比される。ところどころに現代の韓国社会の世相が盛り込まれていて、それを観る隣国の観客にとってもごく自然な風景が、意識的に採り入れられていた。
 そこへ、いきなり身体が50歳も若返った“お婆さん”という突拍子もない“違和感”が入っても、すんなりと受け入れることができたのはなぜなのだろうか。一つには、女優シム・ウンギョンという存在がある。日韓共作ドラマ『赤と黒』や、映画『王になった男』・『サニー』など、本作の直近の作品でも高い評価を得た演技力はこの映画でも存分に発揮されているが、それ以上に、この人は、“ひと”としての存在感を力むことなく表に出せる希有な才能を持っている。だからこそ、“違和感”を超えた“人”の姿をこそ描いてみせたこの映画の要となった。
 一方で、映画は50年前からの風景も切り取ってみせる。主人公の夫は、当時の軍事政権が西ドイツへ送り込んだ炭鉱労働者の一人であって、息子の顔を見ることなく異郷で亡くなった。一人残され、子供を抱え、“鬼”にもなった女性の貧窮生活の回想が、維新体制下で押さえつけられた人々の“声”とも言えるキム・ジョンホの『白い蝶』の熱唱と重なる。
 ドラマ『応答せよ』のシリーズや最近の映画作品に代表されるように、過去の辛い歴史に向き合い始めた韓国の人々の意識変化と、映画作家が女性の立場に真剣に目を向け始める態度変化の、二つの潮流が重なる潮目にこの作品はあった。アバンタイトルや最後のシーンは余分に見えるところもあるが、エンディングロールに掲げた“お母さん”へ捧げるメッセージは、「命の綱を“ニギレ”」と訳された祈りの言葉と共に観客へ静かに伝わったはずである。
[映画]

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