多彩な比喩と多様な解釈2024年08月12日 16:23

昨日、夏休みのオンライン補習の2回目を開きました。「氷男」の読解の続きです。採り上げるきっかけになったのが文学国語の教科書なので、そこには「学習の手引き」なる問題文も追加されているのですが、教科書編者の問題意識とは関係のない読み方(つまり自ら問いを立てること自体)にこそ、小説を読む醍醐味はあると考えています。
 そこで、1回目は不思議な対象、社会的に見えない存在としての“氷男”そのものに焦点を当てましたが、2回目はその特徴について少し掘り下げてみることにしました。
 学習者から「氷男」はいきなり大人になったようだという感想がありました。とても面白い指摘です。主人公の“私”のことは遠い昔の話まで知っているとあるのに、「氷男」自身は過去を持たないという。想像を拡げれば、“私”の過去を知り得るのは面前にいる人間の記憶を辿る“能力”が「氷男」にはあるからでしょう。氷結している心の奥を溶かして見通す力でしょうか。そして、身体的に深い他者との体験が人の中に記憶を深く刻みつけていくものならば、「氷男」にそれが無いのは、そうした体験を持つことなく絶対的な孤独の内に生きてきたからだとも言えます。皆外出して閑散としているスキー場ホテルのロビーや冷凍倉庫はそうした彼の過去を象徴しているのかもしれません。
 他にも「南極」にまつわる様々な感想や意見などが出ましたが、次々に出てくる比喩の数々によって人それぞれに自由な解釈が生まれるところは、この短い小説の大きな魅力だと感じます。まさしく、それが世界中で読まれる理由の一つなのでしょう。
 久しぶりにいろいろと読み直していますが、今は手元に『レキシントンの幽霊』はないので、アメリカ編集版の『めくらやなぎと眠る女』を手に取っています。

“語り”の豊穣な世界2024年08月10日 16:21

炎暑の中、今日は桜木町まで出かけました。桜木町と言っても“みなとみらい”ではなく、その反対側の野毛にある地区センターの会議室で、語りのワークショップが開かれたのです。主宰は横浜ボートシアター、講師はその代表である吉岡紗矢さんです。参加者には演劇経験のある劇団関係者も含まれていて当初予想していた以上に専門的なワークショップでした。
 身体ほぐしから始まり、姿勢や呼吸法、声の響かせ方、響きを意識する場所、鼻濁音の表現、そして語りかけや物語世界の広がりなど。日常の役割から離れ、言葉がイメージする世界に寄り添いながら、自分自身が普段使っていない奥底の声を出してみることで、“語り”の世界に一歩踏み込んでみる貴重な体験でした。こうした身体に直接つながる“語り”の経験をしてみると、ネイティブとして外国人に母語を紹介する場合にも、客席や見所などで種々の芸能を観る場合にも、言葉の“音”が持つ豊穣な世界をより感じることができるような気がしてきます。
 明日は日本語教室のオンライン補習。“語り”の響きを学習者と共に確かめられる9月が待ち遠しい気分です。

“難民”譚としての『氷男』2024年08月01日 16:05

地元の日本語教室も7月下旬から長い夏休みに入りました。その間、普段はできない少し難しめの課題を試す意味もあって、3回ほど行うオンラインの補習には文学作品を取り上げています。昨年はサン・テグジュペリの『星の王子さま』、その一部分を読んでコミュニケーションにおける言葉と身振り・素振りについて語り合いました。今年はもう少し踏み込んで、村上春樹の小説『氷男』を読んでいます。
 高校の国語教科書(「探求 文学国語」)にも採り上げられた怪異譚ですが、“南極語”なる言語まで出てきて、短いながら様々な解釈が生じる作品になっています。なにせ、“氷男”というぐらいだから夏にはうってつけですし、『聊斎志異』や『雨月物語』のように世の不思議・不条理を感じて、読めば少しは涼しくもなろうというものです。
 一方で、社会の片隅にいて、その存在を知られているにも関わらず世間的な交流が無いところは、一種の国内“難民”にようにも見えます。90年代初頭に書かれた作品の背景はまだSNSなどのネット世界が拡がっていなかった時代ですが、マス・メディアにも採り上げられることなく忘れられていった“氷男”は、まるで都市伝説を描いた物語にも思えてしまいます。

日本語支援の幕開け2024年01月11日 12:46

今日から再開される地元の日本語教室の事務連絡を昨日メールとLINEで学習者に伝えました。過日開いたZoomの新年会で ベトナムから戻る際の羽田減便を心配していた学習者も一昨日に無事着いたようです。
 一方で、被災しながらも能登の避難所で屈託ない笑顔を振りまくベトナム人技能実習生の映像を旧Twtterで見ながら、地域に住む外国人との共生が被災時にも滞りなく行われていくことを祈りました。昨日から東京新聞夕刊で始まったネパール留学生の死にまつわる調査記事も気になっています。
 さて、新年のNHK大河ドラマ『光る君へ』は初回の視聴率が過去最低だとか。それなら尚のこと観なければと考える生来の天邪鬼ですが、源氏物語に出てくる和歌がどのようにドラマで使われるのかには興味があります。たまたまですが、今年は古今和歌集の季節毎の歌を日本語学習の息抜きに使おうと考えていました。

横浜港の非日常2023年10月29日 22:01

過日、地元の交流ラウンジの企画で、日本語学習者と一緒に横浜をめぐるツアーに参加しました。ルートは、元町中華街駅−>アメリカ山公園−>港の見える丘公園−>山手本通り−>イタリア山庭園−>元町->市バス21系統−>日本大通り駅−>象の鼻−>港内クルーズ乗船->象の鼻というもの。山手の西洋館は以前に韓国の大学生グループを案内したこともあるので、担当の学習者と本通りを急ぎ足で歩きながらも、点在する西洋館や教会・墓地などの説明ができました。港内クルーズには初めて乗ったのですが、大桟橋から山下埠頭を見ながらベイ・ブリッジを少し越えたところで折り返し、大黒埠頭から瑞穂埠頭、みなとみらい地区、新港埠頭などを、それぞれ海から眺める機会になりました。
 米軍のノース・ドックには曳航ソナーを備えた音響測定鑑、新港埠頭には海上保安庁第三管区の巡視船なども確認できました。この日、大桟橋には大型客船が寄港していませんでしたが、新港埠頭には「えとぴりか」と呼ばれる北方(領土)四島との交流事業に使われる船舶が入港していました。観光地の客船の近くに、当たり前のように軍事・外交に関わる船舶が停泊していて、“有事”という名の下に出港していくのでしょう。地上における災害対応車レッド・サラマンダーのように、海上における本格的な災害救助船のようなものを造る気は残念ながらあまりないようですね。
 海上は風が強いので、防風用に軽い上着を用意するよう事前にLINEでアドバイスしたのも正解でした。屋上のデッキは揺れも大きく、10年ぶりの乗船は口数も少し減るような乗り心地です。それでも、日常から少しだけ離れる感覚を思い出し、一緒に行きましょうと誘ってくれた学習者に感謝しています。